子どもが小学校に入る前は、英語やプログラミングを勉強するより遊んだほうがいいという。その理由と背景について、新しい時代の教育に詳しい奈須正裕上智大学教授が2回にわたって解説する。前編のテーマは「自制心を育てる大切さ」。
「非認知能力」という言葉をご存じだろうか。これは、自制心や忍耐力、勤勉性など、偏差値やIQのように数値化できない能力を指す。
2020年から始まる教育改革においても、「知識・技能」や「思考力・判断力・表現力等」と並ぶ学力要素として、幼稚園から高校に至るすべての学校段階で位置付けられた。
非認知能力はとりわけ、幼児期における育成が決定的に重要だといわれている。
新しい小学校教育では、英語が教科となり、プログラミングが必修化される。しかし、これらを小学校入学前から先取りして教え込めば、将来的に子どもの学力が向上し有利になるかというと、そうとも限らない。
学力よりも先に非認知能力を鍛えるべきなのである。
おやつの”我慢勝負”で自制心の高さを見る
非認知能力の重要性を印象づけた研究に、米コロンビア大学の心理学者であるウォルター・ミシェルが考案した「マシュマロ・テスト」による一連の研究がある。
これは、主に4歳児を対象に、今すぐ1個のマシュマロを食べるか、しばらく我慢して2個のマシュマロを食べるかを観察して、自制心の高さを測るテストである。
「そんな簡単なこと」と思うかもしれないが、研究の結果、しばらく我慢して2個のマシュマロをゲットした子どもは、全体の2〜3割に過ぎなかった。
こうした状況は幼い子どもに限らず、大人も苦労している。
ダイエットや禁煙で悩む人はたくさんいるだろう。太りやすい食品やたばこを買ったりするのは自由だが、余計なことをしなければ、ダイエットや禁煙に成功するはずである。だが、誘惑に負けてつい余計なことをやってしまうのが人間である。
その一方で、最近まで甘いもの好きだったりヘビー・スモーカーだったりした人が、いきなりピタリとやめる場合もある。それが自制心であり、忍耐力である。これを簡便な方法で的確に測定していたのが、マシュマロ・テストだった。
4歳時点の自制心が大学入試の成績を左右する
マシュマロ・テストは18年間、同じ子どもたちが22歳になるまで追跡した。その結果が実に興味深い。
当時おやつを待てた子は待てなかった子に比べ、青少年期に問題行動が少なく、理性的に振る舞い、アメリカの大学入試で標準的に用いられているSAT(大学進学適性試験)のスコアで、平均より相当高い点数を取っていた。成人後の肥満指数が低く、危険な薬物に手を出さず、対人関係に優れ、自尊心が高いとの報告もある。
簡潔に言えば、今日やるべき宿題に帰宅後すぐに取り組める子と、ついつい誘惑に負けてテレビゲームを始めてしまう子の違いなのである。それが小学校入学以降、毎日のように繰り返され、さらに12年間蓄積された結果、このような違いがもたらされたというわけである。
まだ子どもだからと言って、甘く考えてはいけない。4歳時点での自制心が大学入試の成績すら左右する可能性がある。
ここまで読むと、「なるほど。では、明日から子どもにおやつを我慢するよう厳しくしつけよう。そうすれば先々、学校の成績がよくなるわけだ」などと思うかもしれないが、事はそう単純ではない。
後編では、非認知能力の育成に重要な役割を果たす遊びの大切さについて解説する。